The Lost Towers   / 《無用の彫刻​​​​​​​
2023 -
Gelatin silver print on fiber base paper, 279×356mm
Inkjet print, 1030×1246mm
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『アーティストの最新作展(長岡造形大学、2023年)』で発表された本作は、Bernd & Hilla Becher ( 以下、ベッヒャー夫妻) の名作『Water Towers』を参照し、感染症対策用のアルコールディスペンサーを撮影した写真・彫刻作品である。
ある日『Water Towers』中に登場する給水塔と感染症対策用のアルコールディスペンサーの造形が類似していることを発見した坂井は、パンデミックの収束によりフリマサイトやネットオークションの底値で取引されるようになったアルコールディスペンサーの蒐集を開始した。坂井はそれらをベッヒャー夫妻さながらにアナログの大型カメラで撮影し「無用の彫刻」として捉え直すことで、私たちの生きた劇的な時代を語ることを試みる。『アーティストの最新作展』における坂井のねらいは、現代的なモチーフの転用による焼き増しや形式的なタイポロジーの模倣に留まらない。現代までのあまたの文脈を編み込みながらも、ベッヒャー夫妻の一連のシリーズで一貫されていた、象徴的な遺物を彫刻と名付け再解釈を行うことで対象を通して時代を俯瞰するようなまなざしを重ね合わせている。
*Bernd & Hilla Becher​​​
デュッセルドルフ美術アカデミー在学中に出会ったふたりは、1959 年から給水塔、溶鉱炉、鉱山の発掘塔など、近代産業の名残が残る戦前の建築物を共に撮影するようになる。それらは作中で「無名の彫刻」
と呼ばれ、夫妻は1990年ヴェネツィア・ビエンナーレにて彫刻部門で最高賞を受賞している。ベッヒャー作品の特徴は、「タイポロジー(類型学)」と呼ばれる共通する類型によって収集されたイメージ群を提示する方法にある。ミニマリズム的な反復は、記号化されたイメージ相互の差異を逆説的に抽出し、鑑賞者に過去を内在した現在を鋭く指し示す。夫妻の作品はコンセプチュアル・アートの文脈で見出され、現在でも非常に高い評価を受けている。また、デュッセルドルフ美術アカデミーで教師としても才能を発揮したふたりは、アンドレアス・グルスキー、トーマス・シュトルート、トーマス・ルフ、カンディダ・ヘファーなど、「ベッヒャー派」と呼ばれ現代美術のフィールドで活躍する世界的なアーティストを多数排出した。
*アーティストの最新作展​​
長岡造形大学「表現デザイン演習 I」における同タイトルの課題評価のための成果発表展。教員によってあげられる多様な領域のアーティストのうち1リサーチを行い、対象となるアーティストの最新作を想定して制作された作品が展示された。